「一人で死ねばいい」論争や1人で死んでいった方の件について

近頃起きた川崎カリタス小学校殺人事件や、

もしくは自殺した女子中学生の事件を考えると、

世の中難しいものだなあと思いました。

 

川崎の殺人の場合は、人間の愛情を受けられずに50代まで引きこもった男の犯行で、

 

自殺した中学生の件は、自我が芽生えているけど人間としてまだ成長途中な子供社会に於いて発生した事案だと私は想像しています。

 

 

私は、マナブログを書いているマナブさんみたいな方って危ないなあと思っています。

もちろんマナブさん本人が殺人をするとか自殺すると言った事はないと思います。

ただし彼の発言で「自分が事業に失敗した時、知人の社長がラインを切って離れていった」というものがあります。

「事業に成功したらまたその社長と仲良くなることが出来た」と。

 

これを聴いた時に、その社長や仲間たちって、価値があるのかなあと疑問に思ったわけです。

というのは、私の知人の社長は、友人数名で各々社長になろうと誓ってなった方達だからなのか、縁が切れるって事はないと思うのですよ。

実際その知人の青年実業家は事業に失敗して2度ホームレス生活をしているようですが。

 

で、それで、それって相手を、自身が失敗したから離れていく社長っていうのは、

ある種そこで相手の「格」というものがわかると思うのです。

 

で、おそらくそういうものって伝統というか伝番して行くもので、
例えば事業に失敗してもし周りの社長に助けられていたら、自分もエンゼル投資家になった時にはもちろんバックマージンの事も考えるのでしょうが、
違った手心のあるアプローチもあると思うのですよ。

 

そういったものを川崎殺傷事件の容疑者は、経験出来る環境になかったのかなあとも
思うのです。

 

たぶん大人でも自殺してしまう方っていると思うのですが、

特に、人間社会なんて至らないのが相手も自分も含めてある種当たり前な所もありますから、人間関係の苦ってなくならないとは思うのですが、

思考形成のある程度のラインをブレイクスルーすると、

人間関係で自殺するっていうことはなくなると思うのですよ。

 

で、中学生少女自殺の件は、

「子供は時に残酷」という言葉もありますが、

良心はあるんだけれども、人生経験の不足によって未だ思考回路が大人と比べて残酷ではあります。

なので、いじめというのも小学校、中学校、うーん高校、大学生になるにつれて少なくなっていくと思うのです。

 

なので、2ちゃんねるの創設者のひろゆきが「学校にいかなくてもいい」とか、
ま要するに中学校、高校以外の進学経路を案内しているわけです。

 

例えば子供がどこで覚えてきたんだそんな言葉、あ、テレビドラマかな?

というような言葉を使ったとして、それは語彙の数は増えているんだけど

その言葉の運用の面で、大人としてはやっぱりヒヤヒヤする時があると思うのですが、

語彙や概念だけ知っているのと、使い方が適しているのは違うと思うのですよ。

 

例えば、「知行合一」なんて言葉がありますが、
この言葉自体は知っているという事は行えることである。
言葉を知っている事が物事を知っていると言う事ではない。
という言葉ですが、ちょっと厳密には意味が違いますが語彙や概念だけ増えてもねという言葉でもあります。

 

件の女子中学生自殺の件のような人間社会の環境は、おそらく大人の社会では発生しないと思うのですが、秋葉原連続通り魔事件のように、時々あるようです。

 

ブレークスルーを越えればいいんです。

例えばこの記事を見ている方も、私も、世の中いい人間関係だけじゃあないと思います。

いやな目に合う事の方がもしかすると多いかもしれないです。

だけれども、自殺とか他殺をしようとは仮に思ったとしてもそういう怒りというのは誰だって時には持つものであると思います。

せめてあったとしても、瞬間的に怒りが沸き起こって妻や夫を殺してしまいました、暴力をふるってしまいました、とか。

まあ殺人で一番多いのが家族による犯行だそうなので。

ただ、そういった家庭内のフラストレーションでかっとなって殺したのと、

件の川崎殺人事件や秋葉原連続通り魔事件は、内容がちょっと違うと思うのですよ。

 

どちらかというと、中学生少女の自殺や川崎連続カリタス児童殺人事件は、

同じ匂いがするのです。

 

 

私は以前日雇いバイトで建築物の耐火材を貼る仕事の補助をしたことがあります。
その時私は、コンビニの夜勤のバイトを8時間週5日、昼間耐火材の補助を8時間週6日やっていたわけです。

計算だと月40万くらい稼げる予定でした。

が、やっぱり無理な設定で、昼間の耐火材巻き付けの方が遅刻や欠勤ばかりしていました。

原因は、6時に終わって8時に現場に行って、17時に終わって22時からコンビニ、
という連続した仕事ではなく途中インターバルが空く細切れになっていたからです。

しかも場所が5~6駅ぐらい離れていて電車による通勤時間が発生していました。

そうした時に、一番年長の50代のおやじさんが、いつも許してくれるわけです。

仕事に欠勤して許すことが私はいいとは思いません。

絶対に真似をしないでくださいと言いたいです。

ただ、その方は若い時はデパートマンで、40代くらいになってから建設業の世界に入ってきたわけです。

そのおじさんが、私はいいとは言いません。

絶対に真似をして欲しくないのですが、要するにそのおじさんもどこかで苦労されて、

自分がそう施されてきたのか、もしくはそういう施しがまったくなくて「自分はこうありたい」と思ったのかは知らないですが、

まそういった心のあやが、足りない社会に生きていたのが殺傷事件のそれや、
自殺した子供のそれじゃあないのかなあと思ったりもするわけですが。

 

とは言ってもそのおじさん。

「俺は器がでかいからよぉ」なんていうのを口ぐせにしておられたので、
私からすると要するに「そういった自己像を自分で持っていた」だけだと思うのですが、ただそういった自己像を自分で持とうと思うにはそれなりの経験もしてこられたのだと思います。

この話にぱっと飛びついて、自分もまねようとかは絶対にしないで頂きたいです。

言葉とか概念をそのまま真似しちゃだめで、
出来るだけナチュラルに自身の経験でもって思考視野を獲得した方が、
出来ればいいのです。

 

そうした時に、じゃあ子供の年齢で自殺を考えるような方はどうしたらいいのかと思うと、稚拙な人間関係からは離れて大人といた方が正直楽なわけです。

人間性がある程度保障されていますから。

で、欲を言うと、社会の頑張っている人たちの中に自分も入ると良いのかなあとも思ったりします。

例えば、日本人はモーラルがあると言われますが、勝間和代さん曰く「日本じゃなくても世界のトップ層は皆さん気働きが利きますよ」という話もあります。

 

社会のトップ層と言っても皆が皆いいかというと、社長10人いたら10人10色だと思うのですが、いやまあどこの社会にいても素晴らしい人は素晴らしいと思うのですが、
社長だって色々いますし、すべて社会のトップ層が素晴らしい方達ばかりだったら、
知人の青年実業家だって磨かれていないと思います。

 

まなので、要するに自分がいる環境を変えられたらいいのかなあとも思うわけです。
特にこの場合は人間関係を。

 

「世の中のトップ層に行った方がいい」と案内しようとしたのですが、
よくよく考えてみるとそうとも言い切れないよなあと思ってしまいました。

までも、広く大きく目標を持って、生きる事は素晴らしい事ではないかと考えております。

 

 

  

で、ちょこっと自分の作成した動画を掲載。

fpsゲームWORLD OF TANKSの実況動画です。
よかったら見ていってください。

www.youtube.com

 

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